城を残したのは、殿様じゃなかった!情熱がツナがって、400年の国宝!松本城(MJ)

考え方

急に、松本城に呼ばれた気がしたんです。

理由なんてなくて。

6月28日日曜日のツナがるマルシェまであと少し。

やることはいっぱいあるけど、朝突然に

「松本城に行かなきゃ」

って思った。

 

ラスタイルデザインのひとみです。

あなたは「何かに呼ばれた~」っていう感覚、ありませんか?

 

私はよくあって(笑)

何はともあれ!という感じで、最低限やることはやってから、動きます。

 

そうしたら、今回思っていたのと全然ちがうものを、お城が教えてくれたんです。

 

 

400年、焼けずに残った城

松本城って、すごいんですよ。

私はMJって言ってます(笑)

今の天守が建ったのが400年以上前。

 

それが一度も焼けずに、建った当時のまま今も残っている。

日本でこんなお城、数えるほどしかないそうです。

 

天守の中に、こんな話が掲げられていました。

 

このお城の守り神は「二十六夜神」という、月の神様。

二十六夜のお月さまって、夜明け前にようやく昇ってくる、細い細い月なんですって。

 

そのお告げが、不思議なんです。

「毎月、餅を搗いて、藩士みんなに分け与えなさい。そうすれば城は安泰、暮らしも豊かになる」。

一人で抱えず、みんなに分けなさい、と。

これを守り続けて、お城は400年、数々の危機を乗り越えてきたそうです。

私、これを読んだ瞬間に鳥肌が立ちました。

その時代にそんなことをする人があるってすごい!って感動しました。

 

でも、本当に効いたのは、ここからでした。

 

 

てっきり「戦に強い城」だと思っていた

MJ松本城、400年残った城だから、さぞ戦に強かったんだろうと思いました。

400年ですから!

 

実際にお城の中を回ったんですが、鉄砲の展示か多くて、

めっちゃ戦ってるや~ん!!って感じましたが。

この今の天守は、実戦を一度もしていない。

力でねじ伏せて残った城じゃなかった。

 

じゃあ、何が残したのか。

というか、誰が残したのか!

 

 

この2人のレリーフは?お殿様?城主?

お城に向かう手前の方に、男の人の顔を彫ったレリーフがありました。

写真撮るの忘れちゃったんだけど、いただいた資料だとこんな感じ。

私はてっきり「殿様かな、城主かな」と思ったんです。

 

正直に言うと、私はお城の歴史にぜんぜん詳しくなくて、武田なんとかって言われても、よくわからないし、興味もない。

 

でも、その顔は城主じゃなかった。

 

 

市川量造さんと、小林有也さん。

 

お城を「支配した人」じゃなくて、お城を「守った人」の顔でした。

 

明治のはじめ、松本城は取り壊しが決まって、競売にかけられたそうです。

それを買い戻したのが、市川量造さん。

 

そして、ボロボロになった天守を修理して残したのが、小林有也さんという、地元の中学校の校長先生でした。

 

 

「残したい」を一人で、やらなかった人

この校長先生の話が、私の胸に刺さって抜けないんです。

小林校長は、自分一人のお金で城を直したわけじゃないんですよ。

「天守を残したい」と町じゅうに呼びかけて、市民みんなから少しずつ寄付を募って、12年かけて修理をやり遂げた。

一人の力じゃなく、たくさんの人を巻き込んで、お城を守ったんです。

 

しかも途中で、工事中の天守の階段を踏み外して落下して、命が危ぶまれるほどの大ケガをしている。

それでも、やめなかった。

そして修理が完成した、その翌年に亡くなりました。

完成を見届けて、逝ったんです。

 

お葬式には3000人が集まって、「松本の御大葬」と呼ばれたそうです。

 

一人の校長先生を見送るために、町じゅうの人が集まった。

ここまで読んで、私は自分のことを思い出していました。

 

 

私、10年前、親子カフェを一人でやって、1年半で閉じました。

 

どうしても、今この思考に戻っちゃうんですけどね。

 

あの頃の私の失敗って、結局「一人でやろうとしたこと」だった。

誰かを頼ることも、巻き込むことも下手で、抱え込んで、力尽きた。

 

小林校長は、その真逆をやった人でした。

一人でやらず、みんなを巻き込んで、「国宝」だけじゃなく、地域に愛されるものを、ちゃんと残した。

 

私が失敗から学んで、これからやろうとしていることを、100年以上前にこの場所で、やり切った人がいた。

 

このことは、この「場」に行かなかったら、私は一生「知らないこと」で終わっていたと思う。

 

 

振り返ったら、宇宙から還ってきた花があった

そのレリーフ、ちょうど私の目の高さにあって。

顔と目が合うような位置なんです。

 

その顔と目を合わせて、そのまま振り返ったら、

「宇宙ツツジ」が植わっていました。

 

宇宙ツツジって、向井千秋さん、日本で初めて宇宙に行った女性が、スペースシャトルで宇宙へ持って行ったツツジの種から育った株なんですって。

 

極限を旅して、地球に還ってきて、ちゃんと花を咲かせた。

 

不思議でした。

 

「城を守った人」の顔と目を合わせて、くるっと振り返ると、「宇宙まで挑みに行って、還ってきて咲いた花」がある。

 

守る人と、挑む人。

 

その両方が、一本の道を挟んで向かい合っている場所に、私は立っていたんです。

 

 

最初、私は「宇宙ツツジに会いに来たのかな」と思いました。

でも、ちがう気がする。

私はたぶん、この「向かい合わせ」全体に呼ばれたのかな…。

 

挑むけど、一人でやらない。

打ち上がるけど、ちゃんと地に還って咲く。

それが、私のやりたいことの形だよって、教えに来てくれた気がしました。

 

 

目につく、ということ

その石碑、目を留めなかったら、向かいの宇宙ツツジには気づかない位置でした。

たまたま顔と目が合って、たまたま振り返ったから、見つけた。

 

私にとって「目につく」って、何かのサインなんだと思います。

 

そして、これを書きながら気づいたんですけど。

 

私がやっている仕事って、まさに「人の目を、何に留めるか」を設計することなんですよね。

 

発信で「あ、これ私のことだ」と立ち止まってもらう。

 

それを意図して作る。

 

自分が日常で“目につくもの”に意味を見つけられる人だから、人の目を留める言葉も作れるんだと思います。

 

同じ感性の、表と裏。

 

 

お城は、私の仕事の核を、思い出させに来てくれたんだと思います。

 

 

そして、6月28日のこと

最後に、ひとつだけ。

これを調べていて、本当にゾクっとしました。

 

3000人が集まった小林校長のお葬式が行われた日。

6月28日でした。

 

ツナがるマルシェの、当日と同じ日付です。

 

 

一人の人のもとに、町じゅうの人が集まった日。

私が、人を集めようとしている日。

偶然かもしれません。

でも私は、偶然って、案外そういう顔をして現れるものだと思っています。

 

 

力で天下を取った殿様の名前は、私は今も覚えていません。

覚えているのは、城を愛して、みんなで守って、残した人の顔です。

 

私がやりたいのは、そっちの天下取りです。

 

売り込んで勝つことじゃなく、愛されて、選ばれて、残ること。

一人じゃなく、みんなで。

 

小林先生に呼ばれたのかな…

 

みんなを喜ばせる場にするんだぞ!がんばれ!って言われた気がします。

 

6月28日、ツナがるマルシェ、やります。

あなたが見に来てくれるのを待ってます♪

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