失敗が怖くて、動けない。
そう感じたことはありますか?
私にもあります。
今も正直、複雑な気持ちが残っていることがあります。
ラスタイルデザインのひとみです。
2016年に開いた親子カフェ「ピクニック365カフェ」を、約2年で閉めました。
あれから8年。
きれいに「あの失敗があってよかった!」と言い切れるかというと、そうじゃない。
でも、あの経験がなければ今の私は確実にいない。
その話を、正直に書きます。
一番きつかったのは、お金じゃなかった
カフェを閉めるとき、お金の問題はもちろんありました。
でも一番きつかったのは、そこじゃなかったんです。
応援してくれた人たちの顔が、頭から離れなかった。
「ヒトミさんなら絶対できる」と言ってくれた人。
お客さんとして来てくれた人。
一緒に盛り上げようとしてくれた人。
その人たちに、どう顔を見せたらいいかわからなかった。
申し訳なさと、情けなさと、消えてしまいたいような気持ちが混ざって、しばらくまともに動けませんでした。
失敗そのものより、「期待してくれた人を裏切った」という感覚のほうが、ずっと重かったんです。
8年間、ちゃんと向き合えていなかった
閉めてから、私はその経験を「なかったこと」にして前を向こうとしていました。
オンラインに軸足を移して、Webデザインの仕事を続けて、コミュニティを作って。
忙しくしていれば、考えずに済んだから。
でも今年、「感謝・再縁カフェ」という小さなランチ会を開いたとき、気づいたんです。
8年前のあの日に発行した最後のメルマガの日付が、その日と同じだったことに。
偶然だったんですけど、なんか、呼ばれた気がしました。
ちゃんと終わらせないまま、ここまで来てしまっていたんだと。
失敗が「材料」になるまでに、時間がかかった
「失敗は財産」という言葉があります。
でも正直、閉めた直後にその言葉を言われても、全然響かなかったと思います。
時間が経って、クライアントさんのサポートをする中で、少しずつわかってきたことがありました。
起業したばかりの人が「うまくいかなかったらどうしよう」と不安そうに話すとき、私は心から「わかる」と言えます。
資金繰りの怖さも、応援してくれた人への申し訳なさも、「私には無理だったのかも」という感覚も、全部体で知っているから。
その「わかる」は、成功体験からは絶対に生まれなかったものです。
失敗が財産になったのは、時間が経って、誰かのために使えるようになってからでした。
閉めた瞬間に財産になったわけじゃない。
それが正直なところです。
「失敗が怖い」は、正しい感覚だと思う
失敗が怖くて当然です。
怖くない人なんていないと思う。
私だって今も、新しいことを始めるとき怖いです。
6月に「ツナがるマルシェ」という体験イベントを地元・清水で開催するんですが、また同じように応援してくれた人たちを巻き込んでいる。
うまくいかなかったら、という気持ちが全くないかというと、嘘になります(本音。)
でも8年前と違うのは、「失敗しても、そこから続けていける」という感覚が体にあることです。
あのとき閉めて、それでも今ここにいる。
その事実が、怖さと一緒に前に進む力になっています。
まとめ
カフェを閉めた日から8年。
あの失敗がなければ今の私はいない、と言えるのは、失敗が消えたからじゃないんです。
複雑な気持ちは今も残っている。
でもその経験が、誰かの「わかる」になっている。
失敗が怖くて動けないなら、それはあなたが真剣だということだと思います。
怖いまま動いた人間が、ここにいます。
あなたの「怖い」を、一緒に抱えながら前に進む方法を考えたい方は、気軽に声をかけてもらえると嬉しいです!



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